アップル・ウォッチとは何者なのか
/
二〇一四年九月九日。ティム・クックがCEOに就任してから最初の華々しいワン・モア・シング、それがアップル・ウォッチだった。その時のアナウンス ティザーから五ヶ月が経った、今年二月の二回目の発表では発売日とともに製品としての正式な機能・スペックや価格が明らかになり、テック業界はもちろん、ファッション業界がその発売を控え俄かに色めきたっている。
アップル・ウォッチは購入すべきなのか、手にする必要がありそして満足する製品であるのか。生活は変わるのか。自分でもこの数ヶ月なんとなく想像を膨らませて考えてみたものの、よく分からない。アップル・ウォッチとは何者なのだろうか。
※以降アップル製品に寛容かつ売れないより売れた方が世の中が面白くなると思う立場から語る叙事詩である。
ピンと来ない状況
さまざまなところで売れる・売れないの議論がなされているが、そういった議論が起こるのは「似たような商品が既に存在しているが売れていない」状況にあるからだ。もう何年も前からスマートウォッチと呼ばれるカテゴリーの商品は発売されていて、ソニー・サムソン・LGなどの大企業からPebbleに代表されるスタートアップに至るまで多くの種類が市場に出ている。華々しく散った物もあれば一定の成功を収めて次期モデルの発売に漕ぎつけた物もあるだろう。しかし総じて言って市場が盛り上がっているようには見えない。本当にスマートウォッチが素晴らしい物なのであれば、なぜ売れていないのか?
今のアップルに求められているのは革新的で、一目見れば顎が外れてしまいそうな驚きに満ちていて、やがては我々の生活や文化まで一変させる、そんな製品なのだろう。スティーブ・ジョブズ時代のノスタルジーを引きずっているこの状況ではやむを得ないが、ここではっきり言っておくと。アップルはこれまで彼らが良く言葉にする「全く新しい」製品を創造して成功してきたかと言えばけしてそのようなことはない。
iPodの発売以前からMP3プレーヤーと呼ばれるカテゴリの製品は多数存在していたし、iPhoneの以前にもパイオニアが電話・メール・ウェブブラウズも可能な全画面液晶の携帯を作っていたし、当然iPadの以前にもタブレットは存在していた。ではなぜアップルばかりが売れたし生活を変えたかと言えば、彼らが恐ろしく執念深く、細部に驚嘆すべきこだわりを見せる車輪の大「再」発明家であったからに他ならない。そしてそれを神がかり的に上手くやってのけた。
その前提があってなお、人々がそれを「全く新しい」と感じたのであれば、そこにこれまでになかった骨太なコンセプトを見たからであり、スティーブにはそれを見出す天賦の才があったわけだ。ではアップル・ウォッチのコンセプトとは何かと言えば、それは彼らが声高に叫ぶ通り
最もパーソナルなデバイス
であることだ。iPodの「1,000の曲をポケットに」、iPhoneの「ワイドスクリーンiPod × 携帯電話 × インターネットコミュニケーター」、iPadの「スマートフォンとノートPCの間を埋める」という分かりやすいコンセプトと対比すると、抽象的な表現に留まりそこがいかにも
しかしながら。現在のアップル製品はそれ単体では製品としての完成を成さない。OS X・iOS・iCloudそしてそれを利用するデバイスとアプリが相互にリンクし合う、彼らのエコ・システムに投入されて初めて、製品としての価値が完成する。その状況を踏まえるとこうした抽象的なコンセプト表現に留まった事を理解出来るし、単体で語ることの無意味ささえ感じる。アップル・ウォッチはiPhoneがなければ機能しない初めての依存型デバイスである。
今や彼らの製品は体験を通して徐々に理解されていくものとなっており、見た瞬間に全てを悟ることは難しいのかも知れない。だからこそ一見して判断できる最も大切な部分におそろしく力を入れた。 時計であることに。
アップル・ウォッチとは時計である
展示と試着が開始された、表参道のアップルストアへ行って実際に目にしてみると。他の製品も含めアップル製品にはありがちのことだが、ウェブサイトでの見栄えよりも実物の方が格段に良かった。
ウェブサイト上では若干安っぽく見えたSPORTモデルのアルミ筐体やシリコン製のSPORTバンドも当初抱いた印象よりもだいぶ良い。筐体はiPadの質感に通じる落ち着いた光沢を見せていたし、SPORTバンドもしっとりとした質感で陳腐な印象は無い。EDITIONモデルにSPORTバンドの組み合わせなど考えられないと思っていたが、実際に目にしてみると高級すぎずカジュアルに見えて、いかにもな成金趣味を見せたくない人には丁度よい仕上がりに感じた(右写真)。
そしてミドルレンジ クラスとなるアップル・ウォッチの品質は期待以上だった。鏡面加工されたステンレスの質感はSPORTモデルを大きく上回る高級感があり、特にデジタル・クラウン(竜頭)の処理がSPORTモデルよりずっといい。iPhoneのサイズでこの光沢はギラつきが強すぎて下品に見えてしまいそうだが、アップル・ウォッチのこの面積であれば手元を飾る適宜な輝きとなる。また、ウェブサイトで見たときには背面に配置されたセンサーやLED類のせいで「厚み」が気になったが、実際に試着をしている人の手元を見てみると横から見えるようなことはなく、気になることはなかった。全体の厚みとしてもその他の機械式の高級時計とあまり変わらないか、薄い場合もあるのではないだろうか。
そして驚かされたのは各種バンドの作り込みで、最も安いSPORTバンドでさえまともに思えたのだが、それぞれが選ぶのに悩ましい品質に落とし込まれていて好印象だ。ちょっと女性的すぎるかなと思っていたミラネーゼループが、意外にも精悍な印象で男性の手元にも似合い、きめ細かく編み込まれた布のような柔らかな質感との対比が不思議に感じる。現在の予約状況を見てもミラネーゼループの予約数はブラックのSPORTバンドに次ぐ人気となっている。
バンドに関しては素人の自分が見てもきちんとした「時計メーカー」の仕事となっており、ITメーカーが成した仕事とは思えなかったのだが、雑誌の時計担当の編集者の目から見ても同じ意見のようで、バンドに一番感心したとのこと。自分では気がつけなかったのだが、メタルバンドにおいては「再定義」と言ってしまえるほど独自の作り込みが成されているそうだ。
その他ソフトウェア面においても「パーソナルな時計」としての追求は充分で、細かなカスタマイズも含めれば盤面のデザインは数百万種類に達するという。
自分の記憶する限りではあるが、おそらくアップルはアップル・ウォッチを「スマート・ウォッチ」と呼んだことはない。
スマート・ウォッチである以前に、手首に日常的に身につける「時計」として相応しい物作りへの意気込みが伺え、高級時計メーカーと対等に肩を並べようとする挑戦者として業界へのリスペクトを感じた。
アップル・ウォッチとは、時計なのである。キラーアプリは何かと問われたとき、きっとスティーブなら「時計だ」と答えたのではないか。
というわけで。アップル・ウォッチ、売れたらいいんじゃないでしょうか。予約数の時点でスマッシュ・ヒットは確実ですので、一定のマーケットは仕上がるでしょうから、あとはこれをどう維持し拡大していけるかが問題です。当面のライバルはiPhoneの画面が拡大し居場所を失いつつあるiPad miniになるのではないかと。
とりあえず画面が小さいので、アラームやタイマー、天気予報などのいわゆる「ウィジェット」的な機能・UIを持ったシンプルなアプリはアップル・ウォッチに向いていると思うし専用アプリとして流れてきて欲しい。個人的には自宅で使っているスマート電球 (Philips hue) のスイッチ アプリに先行して欲しいところ。手首に密着しているからこそ可能な、振動の強弱を生かした新たな通知系にも興味がありますし、最も近いからこそ、何が出来るか・何をさせるかを考えるのが楽しそうです。
十八時間というバッテリーの持ちはやはり最大のネックではありますが、アップル・ウォッチに興味があり購入意欲のある恐らく二十代から三〇代のターゲットって、既に複数個の時計を持っている人も多いのではないでしょうか。本田的な意味合いでなく、使いまわし的な意味合いで。電池が切れたら充電して、その日の服装にあった他の時計を身につければいいですしアップル・ウォッチが気に入っているなら小まめに充電するようになりますよ。
携帯電話を持つようになり、あまり時計をしなくなりました。自分の周りの同年代もしている人の方が少ないように思えます。時計に興味はあるけれど、今から買うならもうスウォッチを買うような歳じゃないし、ロレックスはまだ少しハードルが高いのでスマートフォンでいいや。そんな失われた